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『この世界の片隅に』 第41回カトリック映画賞授賞式(2)片渕監督&晴佐久神父対談

(リンク:『この世界の片隅に』 第41回カトリック映画賞授賞式(1)授賞理由説明・片渕監督挨拶など
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授賞式終了後、片渕須直監督と晴佐久昌英司祭との対談開始。

=晴佐久司祭
=片渕監督

「あらためて本当に今日は来てくださってありがとうございます。監督に来ていただかないと成り立たない賞だが、良い映画の監督は忙しいものなので来られないのではと」
「こちらこそありがとうございます。今日このあと山口県に行く予定だが何をおいても来なくてはと」

「皆さん御存知のように毎日映画コンクール・キネ旬ベストワンなど数々の映画賞を受賞し、そして日本カトリック映画賞…とても権威ある賞だと私は思う(場内笑)…日本アカデミー賞より1年古い
「そうですか、ありがとうございます」

「訊きたいことが色々ありますが、まず日本カトリック映画賞と聞いてどう思われた?」
「本当に正直言うと知らなかったが、意外にもうちの家系はカトリックと縁があったので、ありがたい。自分自身はキリスト教徒ではないが、曾祖母が洗礼名もあった」

「ご自身も枚方の」
「曾祖母がカトリック教会の近くに住んでいて、自分は電車で教会付属幼稚園に通っていた」
「カトリック教会は子供の頃からこれは良いものだと洗脳して(場内爆笑)。賛美歌が映画の冒頭に流れていたが、その影響?」

「あれは純粋にクリスマスを表現するもの。日本でも戦前からクリスマスは本当に普通のことだったが、クリスマスを祝える平和が戦争によって奪われてしまう。奪われるものの代表としてクリスマスを」
「原作では?」
「原作は昭和9年1月から始まるが、敢えて1ヶ月前のクリスマスセールにしてしまった」

「脚本上…演出上で。普段の生活が壊される恐ろしさということならば、一番印象的なのは機銃掃射のあの恐怖。今までの戦争映画にはなかった。日常生活の中にいきなり割って入ってくる戦闘機や機銃掃射の恐怖のリアリティには震えあがった。音響も素晴らしかった」
「ありがとうございます。本当は日常描写だけ描きたかったが、原作には日常描写・生活描写と並べて敢えて戦争が描かれていた。それを見て、日常のかけがえのなさや意義深さは、ただ単に御飯を炊いているところを描くよりも戦争というものを背景にしたときにより深く描くことができると思ったので」

「その落差の大きさは本当に天国と地獄のようで特に感心し驚いた。戦争映画というと、つい爆弾とか兵器とかそういう話になるが、実際に生きている人から見たら恐怖が突然しみこんでくる。いつ落ちてくるのかわからない」
『理不尽』ですね。『理不尽』が空から急にやってくるような感じで」
「戦争を知っている方は…ここにもいるでしょう…『そうだった』と思うでしょうし、知らない我々も『そうなんだろうな』と。普通に暮らしていたらいきなり恐ろしいものが忍び寄ってくる。音から入ってくる。いきなりラッパが鳴ったり」

「すずさんと晴美さんが歌を唱っているところから始まって、それが急にラッパの音になって飛行機の音が聞こえてきて大砲の音が鳴って…。で、音でもって戦争が展開されていく、そういうふうに発想して作った」
「漫画ではできないことで」

「漫画は白黒なので音と色が表現できない。あのとき空で爆発している煙が色とりどりで」
「綺麗ですね」
「原作者も色つきの煙だったことは御存知だったが漫画では描けなかった。でも描いてみるとあの色は本当に綺麗過ぎてしまって。理不尽というのは美しいと思ってしまう心が理不尽なのかと」

「それはある意味正直な感想で…よく東京大空襲の話を聞いたとき『遠くから見たら空が赤く染まって本当に綺麗だった』っていう人が」
「そうですね。B-29もキラキラしてあんな綺麗な飛行機は見たことがないと」

「体験している人にとっては、そんな日常の中の戦争の恐怖も、リアルだから乗り越えていかねばならならない。すずさんがこんな理不尽な目にも遭いながら乗り越えていこうとするとき監督として彼女を救ってあげようという気持ちがありましたよね?
「映画が完成して音まで入れたとき、救いきれてない気がした。すずさん自身は平和に戻ったが、戦争中に負ったものが大きすぎた。戦争とは何がいけないかというと普通の人々に罪の意識を植え付けてしまうこと。『サバイバーズ・ギルト』というような」

「災害でも生き残った人が自分のせいで誰か死んだんじゃないかと罪の意識を持つような。もちろん戦争の場合はそれどころでなく普通の人が銃を持たされ撃たされる罪を背負う場合があるが、女性のすずさんですら背負ったものが大きすぎるのではないかと思った。思ったときに最後のエンディングのクレジットのところに、まだ絵がつけられると思った」

「最初から考えていたものではない?」
「あそこに何かつけたいとは思っていたが、そのとき何をつければ良いかわかった気がした。それは本当に救われているすずさんたち、すずさんと義姉の径子さんじゃないのかと思った」
「あのクレジットのおかげで私たちも本当に救われた気持ちにもなる」
「そうですね。本当にあそこまで揃って一本の映画になるのではないか

「あれは原作にはない?」
「あそこだけは原作にありません。原作は戦後のエピソードがもっと長いが、やはり原作の中のすずさんもいたたまれないままあの時期を過ごしていたのではないかと思います」

「私はモチベーションに感動するタイプだとさっき言ったが、この監督がこの映画を作ろうと思ったモチベーションはすごいと思った。それはただ儲けようとか芸術的なものを作ろうということを超えた、これをどうしても作らなければ、という思いがあったのだろうと私は思いましたが?

「一つはこれを作ることで自分自身が救われるのではないかと思った。この映画を形にできるのならば、自分が生きてきて経験してきたことが色々な意味でテーマの中に結実でき、自分がやってきたことが無駄ではなかったという意識を抱けると思った」

「その中で描くのが家族を得る人たちの話だったということが一番大きかったような気もする。実は監督補は自分の妻で、ほとんどの絵はまず妻が描き、その上で多くの方が作業していくというやり方になっていた。そういうふうに二人三脚的にやってきた」

「母はすずさんより10歳年下だが、 今まであまり語らなかった戦争中の普通の生活のことを聞かせてくれるようになった。自分もすずさんのようにかまどの前で御飯の番をしたとか、学校でラジオ体操をしているのが自分のような気がするという。今までも戦争中は何が不味かったとか大変だったというような『苦労話』はしていたが、そうではない普通の瞬間に何をやっていたのかということをたくさん思い出して聞かせてもらった。それが自分だけではなく息子・娘・姪たちも皆聞けて、それで一つの家族の歴史を再確認できたような気もした」

「この作品を作った仲間たちも、家族的な仲間だった?」
「いや本当に『苦楽を共にした』と言うが、 『苦』が多すぎた(笑)」
「作り始めた時にはここまで『苦』になるとは思っていなかったでしょうし、またここまで評判になるとも思っていなかった、と想像しますが?」
「本当にその通り。そういう意味は自分だけでなくスタッフ・出演者みんな報われた感があり、あの時期が何か意義を持っていたとみんなで安堵感を得ているところがある」

「変なことを訊くが、正直ここまで評価されるとは思っていなかった?」
「世の中たくさんの方々に見ていただけるものになる、と原作を知ったときから思っていたが、具体的に映画賞や授賞式にこんなに呼んでいただけるようになるとは自分の想像の外だった。今日も本当にありがたく思っています」

「いま観客が199万1千人…もうすぐ200万人に?」
「去年11月12日に公開してから映画館で見た方の数が200万人まであと少し」
「ここは入らない?」
「ここは映画館ではないので(場内笑)」

皆さん、ぜひ映画館に行かれて200万人目に
「映画の興行収入はよく言われるが、自分もプロデューサーも宣伝スタッフも、それよりも何人の方々に見てもらったかを大切にしたいと思っていて、200万人というのは実現できるならありがたい」

「すごい数字。小説なら100万部で大ベストセラー、1年で200万というのは」
「のべ200万人ということであって、一人で30回60回見てる人もいる(場内笑)もちろんありがたい話だが」

「でもアニメ映画でこんなに評判になったのは記憶にない。もちろん評判になったアニメ映画はたくさんあるが、社会現象にまでは。クラウドファンディングに始まった一連の動きをどう思う?」
「クラウドファンディングはインターネットを使えてお金を出せる人が対象で年齢層が限られるが、上映が始まると、その外側の特に上の年齢層70代80代90歳を超える方々まで来ていただいて、あの時代の『時代の空気』が描けていると言っていただいたときは、これほど報われたと思ったことはなかった」

「最大のほめ言葉だと思う。空気というものは描けないものだが、この映画を見て自分の中に空気感が生まれてくる。皆さん感じたようにTV番組とは全然ちがうリアリティ・空気感、感心した」
「自分が体験していないことなのでどこまで描けているのかわからなかったが、ああいうふうだった、例えば空襲の音も本当にああいう音がしたと言っていただいて、初めて確かめることができた。そういう映画になれたのは題材のせいだとは思うがありがたい」

「そういうリアリティを作るため、ずいぶん資料集めとか大変な思いをされたようで」
「それが一番大変じゃなかったこと
「お好きなんで?」
「そうかもしれない。具体的に広島や呉の町の建物や商店の変遷を調べるのが楽しかった」
「こういってはなんですが、オタク気質?
「かもしれない」

「戦闘機がお好きとか」
「戦闘機というか飛行機が好きだったが段々怖くなってきた。自分が飛行機を怖いと思ったその怖さがこの映画で表せたかも」
「そういう知識が無いとこの映画が成立しない。カトリックの幼稚園で教えた?(笑)」
「幼稚園のころから父におもちゃを買ってもらったりして飛行機は好きだった。アニメを見始めたのも幼稚園の頃。東映動画の長編まんが映画、TVは鉄腕アトム」
「私と同世代」

「今までそういう子供の頃からいつの間にか自分の上に積み重なってきたことがこの映画を作る上で役に立ってしまった
「全部つながっている…」
「このために自分は存在していたのだろうかと思ったくらい」

「カトリックではそれを『召命』と言う。神に選ばれて神に使われているみたいな」
「いえいえ、でも誰かに使われているのではないかなという気持ちは本当にあった。原作の最後に『どこにでも宿る愛』という言葉がある。周作という夫にすずさんが偶然出会ったのかもしれないが、出会ったがゆえに愛情が芽生え育っていくこともあるし、だとすると最後に広島で見つけた孤児もたまたまの出会いで宿って育っていく愛なんだろうと思って、それが原作に描かれている」

「何で描かれていたかというとすずさんの無くなってしまった右手の言葉として。なくなった右手はすずさん以上に雄弁で、そういう言葉をしゃべる、しゃべるというか右手の中に宿っているのだが、右手は失われているのですずさんは言葉自体は感じることができない」
「という意味では悲劇は悲劇だけども決して悲劇で終わらず、失われたかに見えるものが非常に大きな働きをし始める、という希望になる」

「そうですね。原作の右手の言葉を何かの形で映画に反映したいと思い、右手の言葉を最後に流れる歌の歌詞にして、灰が峰が見えてきて周作が『あのふもとにあるのがわしらの家じゃ』と言ったところで『どこにでも宿る愛』という歌詞が流れる。そういう映画として出来上がってみて、今まで出会ったものが全部役に立ったというのはそういうことかと改めて思っている」

「そのお話は、今こうして聞いている私たちも失ったものをたくさん持っているが、それが逆にそれを失ったからこそ…言い方を変えれば失ったんじゃない、何か新しいことが始まるために『捧げた』というか、そういう前向きな希望の言葉に聞こえてくる。『そこに宿る愛』ということでいうならば、そういう監督と原作者の出会いが、そういう意味で言うと奇跡というか素晴らしい作品に昇華していると思います」

群集シーンが特に私は忘れられない、普通のアニメではただの群集で、ただそこにいるモブとして雑に描かれている。この作品は一人一人が本当に生きている。駅ですれ違った人おしゃべりしている人も各々すずさんと同じだけの人生・喜怒哀楽がある、実は全部がそうなんだと感じさせられた。群集一人一人を細かく描かれていた?」

「むしろ自分はこういう映画の中に存在したら群集の方だと思う方なので」
「主人公ではなく?」
「こっち側にいるんだなと思っちゃうので、つい大事にしてしまう」
「自分を大事にするような思いで、おろそかにせず」
「多分、ここにも一応存在しているから気にしといてね、くらいの感じで」

「何気なく描かれているようでいて群集がお互いに何かしゃべってたりするようなシーンがそこここにあり、何を話しているかと気になって、一人一人を大切にして作られている映画だという気持ちになったし、僕らも自分中心で生きているけれども、ふっとすれ違ったその一人がとても尊い人生を生きているんだなと感じさせてくれたと思った」

「監督のこれからの計画は?」
「実はプロデューサーが話してしまったが、この映画は本当はあと30分くらいあるはずだったが、予算的な問題で2時間で完成させた」
「やがてディレクターズ・カット版が?」
内緒です(場内笑)」
「聞かなかったことに…でもやはり見たいですよ」
「でも、できたらいいなというふうに今は思っている。その前に一回くらいちゃんと休みをとりたい」

「ディレクターズ“カット”版で思い出したが、映画はカット割が本当にテンポが良くて、こんなに見ていておおらかでゆったりした気持ちになるのにカット割がきちんとつながれていて」
「週刊誌連載の原作はたくさんのエピソードから成っていて、それをできるだけ映画に全て取り込みたいと思った。それは全部がすずさんにとってかけがえの無い日々だったから。諸事情でやむなく30分カットしたが、可能なら全部取り入れたかった。全部入れるためには、テンポを早くするしかなかった」

「本当にテンポが良く、もっと見ていたい美しいところもあっという間に…でも飽きなかった」
「すずさんのある一日に焦点を合わせてそれを長く描いて、その代わり代表的な何日しか描かないと言う映画の作り方もあったかもしれないが、すずさんがお嫁に着てから丸二年間にどんな毎日があったかということを紹介したかった。断片になっても良いから、色々な日々があったと言うことをそこに込めたかった」

「30分拡張版は是非見たい」
「今の映画は昭和19年の秋から冬くらいが無い」
「そこを埋めて完全版ディレクターズカット版…これだけ売れたらプロデューサーも」
「プロデューサーは言わないが、僕らの方が『まだ作んなきゃいけないのかな』というそういう気持ちがあったりして」
「でも皆の要望が高まれば」
「そうですね。要望が高まれば頑張れるかも

「この映画はこれから長く愛されると思う。『この世界の片隅に』以前以降といわれるくらい大きな影響力で、特に中高年がアニメを見るという」
「それは本当にありがたい。アニメーションにはまだ色々な可能性が秘められていると思っていて、こういう映画も作れるし、また別のタイプの映画も作れる。アニメーションというのはそういうジャンルがあるわけでなく、色々なジャンルがアニメーションという技法で表現できると思っている。なので、もっと色々なジャンルのアニメーションが作られると思うし、もしそういうのを見かけたら御覧いただけるとありがたい。よろしくお願いします」

「この映画、これからも折に触れ見たり思い出したりしたい。難しいかもしれないが監督が一番大切にしてほしいシーンは? 今度は心して見たい」
「本当に色々なところの隅々まで描いているが、すずさんが色々な服を着ているけれども実はたくさん服を持っているわけではない。例えば子供の頃に祖母の家でもらった浴衣、あれがどうなっていくか、実はあの服はずっと登場している」

「私わからなかった」
「ずっと見ていると服の上にも歴史があって」
「仕掛けてますね!」
「それも原作からある。色々な人が出てくるが、各々の服の末路がある。祖母がくれたすずさんの椿模様の晴れ着とかお義姉さんのモガ服とか、全部その先の運命がある」

「また見なくては。200万人目を目指して劇場に行って確認しないと」
「そうです。それは本当に驚くほどドラマチックだと思う。こういうものがあると知った上で見ていただくと、そういうものが見えてくるかもしれないので、この機会にまた見ていただけるとありがたい」

「一人の司祭としてこの作品を選んで良かったと思うのは、この作品の奥に一人の人間の美しさを私たちが見ることができる、表現することができる、そういう希望というか励ましをもらったことが大きい。すずさんという、こうの史代さんが創作した人物ではあるが、すずさんとして出会わせてくれた。なんというか不思議な、実在しないすずさんだが、そのすずさんに出会えたというところに僕の人生に監督が大きく関わってきたという感覚が。ということで、これからも素晴らしい第二第三のすずさんをいっぱい生み出して喜びや希望を生み出してほしいと思い、励ましたい、と」
「ありがとうございます」

「『しばらく休ませて』と言ってますが、観客というのは残酷なので『いいから次作って』と。素晴らしいすずさんを色々な方に」
「すずさんは大正14年丑年5月生まれで作り始めたときは85~86歳だったが、映画に6年くらいかかったので、今は92歳でどこかにいると思っている。すずさんに歳を取らせてしまったという思いがあり、僕らもその分だけ色々な経験をして歳を取ってしまったが、たくさん得られた経験を使って役に立てられたら良いと思っています

「何度も言うが、すずさんに会えて本当に良かったというのが私の正直な思い。監督はお忙しいので時間が……もし皆さんに宣伝やこうしてほしいということがあればいい機会ですから…みんな感動しているから言うことを聞くと思うので(場内爆笑)」

「最盛期よりは大分減ってしまったけれども、まだ映画館で上映しているので、本当にすずさんがいるような、空襲の音が怖い、あの中にすずさんがいるんだなという感じ、映画館やこういうホールの大きなスクリーンで御覧いただけると一番わかっていただけると思う。映画館だけではなく6月からこのような公共施設でのホール上映、そして8月から映画館で復活上映してくれるところが増えてくる」
「8月、そういう季節」
「そういう季節です。この映画があちこちの場所で上映されているところを見かけたら是非御覧いただいて。皆さん2回3回見るとまた違うものが見えてくるとおっしゃる。それこそ群集の一人一人にまで色々な表情が映っています。ということは、それは本当に世界を切り取ったつもりで作っていて、映画の真ん中だけでなく端っこにもドラマが潜んでいるかもしれないので、映画館やホールに来ていただけるとありがたいと思います

「画面の片隅まで見てほしい、ということで締めさせていただきます。ありがとうございました」
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以前からパソコンでイラストを描いていましたが、昨年からVOCALOID(ボーカロイド)や動画にも手を出し始めました。
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